指定 |
《市指定 第65号》 平成13年3月1日 |
所在地 |
鯖江市横越町 本山證誠寺 |
管理者 |
真宗山元派本山 證誠寺 |
時代 |
平安時代末~鎌倉時代初頭 |
員数 |
1躯 |
浄土真宗山元派本山證誠寺は、越前4ヶ本山のひとつで高田系三河門徒の如導の高弟道性が至徳2年(1385)に開基、文明7年(1475)に現在地へ移ったとされる。第20世善超筆による由来書に寄れば、本像は恵信僧都の感得像で、宝暦9年(1759)当寺末寺の本覚寺(清水町)の正恵法師により奈良長谷寺よりもたらされたという。
像高94.0cm。肉髻・螺髪は切り付け。肉髻珠を現さない。白毫相(水晶嵌入)をあらわす。右足をやや広げて立ち、右腕屈臂、左腕垂下で来迎印を結ぶ。衲衣・偏衫を着け、裙をはく。漆箔のため明確ではないが桧の一木造と思われ、頭体幹部を一材から彫り出し、体部背面を割り矧いで内刳りを施す。頭部も後頭部を割り矧ぎ内刳りを施し、さらに面相部を割り矧いで玉眼を嵌入する。 左手は肩以下袖の外側を含み一材矧ぎ付け。袖部の内側一材矧ぎ付け。手首先差し込み。右手は肩以下、肘および袖の後方部一材矧ぎ付け。前膊にかかる袖の内外各一材矧ぎ付け。両足先各矧ぎ付け。足ほぞに墨書銘をもつ。
均整の取れた体躯と丸い相貌、螺髪が細かく、髪際が一文字で鼻や口は小さくくっきりと刻まれる。体躯の肉付けは穏やかで衣文も浅く整えられる。丸く張りのある相貌は定朝様の系譜に連なりながら、表情には意思的な感覚も漂わせる。これらから本像の制作は、12世紀末から13世紀初頭の中央の作者の手になるものと考えられる。
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