posted:2013.07.04
2012年度のグッドデザイン賞を一風変わったメガネが受賞しました。その名も「やじろべえメガネ」。ネーミングの通り、やじろべえのように愛嬌のあるフォルムは、軽さと掛け心地に優れ、シンプルな構造なのにどこか優しさを感じられる丸メガネです。手がけるのはメガネ作り38年の辻岡正美氏。「鯖江の丸メガネに辻岡あり」と業界では知られた存在です。今回のメガネザンマイでは、やじろべえメガネの誕生秘話と丸メガネへの思いを語っていただきました。
--元々は造形作家として活動されていたと伺ったのですが。辻岡正美氏
もう何十年も前の話ですが、京都の大学で美術を専攻していたこともあり、現代美術という分野の作品を制作していました。当時は生意気にもコンセプチュアルアートとかミニマルアートとか言ってましたが、今考えると若気の至りでしたね。(笑)
--なぜメガネ業界に入られたのですか?
家業がメガネ屋だったからです。造形作家か教師になろうか迷っていましたが、いつまでもフラフラはしてられないですし、実家に戻って眼鏡職人として働き始めました。
若い頃に制作された作品。越前市にあるブックカフェゴドーというカフェに今も飾られている。--造形作家と眼鏡職人は少し共通するところもあったのではないですか?
そうですね。同じものづくりというところでは共通しますし、そもそも職人という仕事には憧れがありました。当時は作れば作るだけ儲かる時代だったので、父親に教わりながらメガネづくりのイロハを叩き込まれました。弊社はメガネ製造の全工程ができる工場だったので、様々な技術を覚えることができたのは幸いでしたね。
--いつから丸メガネを製作されるようになったのですか?
7~8年ほど前ですね。不況で受注が激減した時期で、このままでは生き残れないので何か対策を練らねばと思っていました。ちょうどその頃、油絵を描いている大学時代の友人から丸メガネの製作依頼がありました。それまで丸メガネは作ったことはなかったのですが、漠然と憧れはありました。これがきっかけになり丸メガネについて調べるようになりました。
--どんなことを調べたのですか?
丸メガネについて書かれた教本。当時の写真、現存するメガネをお手本に、独学で学びました。非常に役に立ったのが昭和25年に発刊された丸メガネづくりの技術を指南する本で、一山タイプの丸メガネのブリッジの位置、高さの設定の仕方などが丁寧に書かれてあり熟読しました。歴史上の人物にも影響を受けましたね。丸メガネを掛けているという理由で、石川県にある西田幾多郎記念哲学館をたずねたり。(笑)なんとなくですが、丸メガネを掛けている人は哲学的な人が多い気がします。
--どんな丸メガネを作ろうと思ったのですか?
優しさと知性を感じられるような‘哲学的なメガネ’を作ろうと思い、自分が作る丸メガネのテーマを「TOMMOROW CLASSIC」としました。丸メガネ自体はクラシックなものですが、レトロなものとしてではなく、現代にあったフォルムや素材、機能性を追い求めていきたいという思いが込められています。
--やじろべえメガネはどのような経緯で誕生したのですか?
ベーターチタンを使用することで、軽やかなしなりを実現。やじろべえメガネは、ある女性からの依頼でオーダーメイドのメガネを作ったのがきっかけです。その女性は金属アレルギーに悩まされていて、しかも視力も非常に悪いので自分に合うメガネがなくて困っているとのことでした。そこで考えたのが、極力レンズを小さくすることでした。ビール瓶の底のような厚みで重いレンズを使っている方がいらっしゃいますが、そうするとどうしても重くなってしまします。そこでレンズを小さくすることで軽さを確保。フレームの素材は金属アレルギーを起こしにくいチタンを使うことにしました。チタンは軽い素材ですからメガネ自体も軽くなり掛けやすさもいいので、結果すごく喜んでくれました。
--なるほど、そういう経緯だったんですね。
メガネは流行的なデザインも必要ですが、本来は医療用品であることが前提です。そういう言う意味でも、やじろべえメガネは機能性という側面から生まれたメガネですね。
木製部分は一つ一つ丁寧に削りだして作っていく。--それでは、やじろべえメガネの特徴を教えてください。
やじろべえメガネは 最少の部品で作られているので無駄な部分がありません。形はクラシックタイプの丸メガネフレームですが、テンプル部分にバネ性に富んだベーターチタン材を使うことで、頭部を包み込むようにしなりを実現しました。耳当ての部分には自家製の轆轤(ろくろ)で一つ一つ削り出した木製の黒檀を使用し、天然の温かさを感じられます。
--なぜグッドデザイン賞に応募されたのですか?
実は2011年の暮れに心臓の病気を患い、生死を彷徨う大手術を受けました。何とか一命を取りとめた後、看護師さんに「生きていたのは奇跡。まだやり残したことがあるのではないの?」と言わたんですね。それでベッドの上で「この世に何をやり残したのだろう」と考えていたら「やじろべえメガネ」のことが頭に浮かびました。「やじろべえメガネが世間に認められたらいいなあ」と思ったのです。
--そんなことがあったのですね。
退院後しばらく仕事も出来ない状態だったので、以前から興味があったグッドデザイン賞にやじろべえメガネを応募することにしました。自分への励みになればと応募したので、受賞の知らせを聞いて本当に嬉しかったですね。生きててよかったなと思いました。
--ブログを拝見したところ、色んな形のやじろべえがあったのですが、オーダーメイドで作られているのですか?
レンズ径が21mm、鼻幅が40mmのやじろべえメガネやじろべえメガネは瞳孔距離をお客様に測ってもらい、レンズの径と鼻幅はご希望のサイズで作るのでセミオーダーのような形になります。流れとしては、お客様の顔の大きさやサイズをお聞きして、サンプルのメガネを数点お送りし、掛け心地の確認と素材を決めていただいてから製作に着手します。同じやじろべえメガネでも、選ぶ方のセンスというか好みというか、ここをこんな風にしてほしいというこだわりがあるお客様が多いので、できるだけ要望に応えられるようにしています。
映画「紅の豚」に出てくるポルコ・ロッソが掛けているメガネをイメージして作ったメガネ。--今までで一番印象に残っているオーダーはどんなメガネですか?
うーん、色んなお客様がいるので一概には言えませんね。この前はレンズの径が21mmという、とんでもなく小さいメガネを作りましたね。(笑)ただ全体的に感じるのは、注文をいただくお客様にはこだわりやイメージする人物像があるようで、音楽家であればジョン・レノン、建築家であればコルビュジェといったように、憧れの人物になりたいという願望があるんだろうなぁと感じます。
--なるほど。ちなみに辻岡さんが憧れる人物は誰ですか?
ル・コルビュジェの建築を意識し作った、チタン削りだしのメガネ。これといってなりたいと思える人物はいないのですが、強いて言うなら北大路魯山人とコルビュジェですね。特に北大路魯山人はすごく好きで、彼はべっ甲の丸メガネを掛けていたのですが、なんというか作家なのか料理研究家なのか。はたまた篆刻家(てんこくか)だったり陶芸家だったりと、とにかくミステリアスで近寄りがたい存在には一種の憧れがありますね。なんといっても丸メガネがすごく似合う。(笑)
--辻岡さんにとって丸メガネとはどんな存在ですか?
「自由の象徴」であると思います。規制からの自由、仕事からの自由など、我々を取り囲むものがなくなったとき丸メガネが活きてくるのだと思います。丸メガネは創造性を追及する人にとって、自分の個性を引き出す道具のような気がしています。そういう意味でも哲学を感じる知性、自由な精神を丸メガネで表現していきたいですね。
--最後に今後の夢をお聞かせください。
メガネを通して人と交流できるようなものづくりを続けていきたいです。以前私の工場に来られて丸メガネを購入してくださった後藤さんという方が、震災のボランティアとして福井と陸前高田を結んで援助をされています。現地では後藤さんと同じ丸メガネを欲しいと言ってくださる方も出てきたらしく、丸メガネを通じて交流の場ができているみたいです。私の作った丸メガネをボランティアの方々にかけていただいていると考えると幸せですし、やる気がみなぎりますね。
辻岡眼鏡工業株式会社
〒916-0022 福井県鯖江市水落町1丁目5-25
TEL. 0778-51-1303
Web:http://tuziokamegane.web.fc2.com/
Blog:「辻岡正美 丸メガネをつくる」http://56995471.at.webry.info/
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