鯖江メガネファクトリー

ゲンバシュギ

後藤泰雄
ノーズパッド成形職人 後藤泰雄
 

メガネのかけ心地を左右する、重要な部品の一つであるノーズパッドとそれを保持するクリングス。近年は技術の進歩により、様々な形や素材のものが登場している。
たかがパッドとあなどるなかれ。今回取材を行った(株)ササマタでは、ノーズパッドだけでも実に1,700種類もの製品を扱っている。
そのゲンバで、職人として腕を揮っている後藤泰雄氏(以下 後)に、ものづくりに対する想いを伺った。


デザイナーから職人へ

後藤氏

-- まず、眼鏡業界へ入ったきっかけを教えてください。

後)私は北海道の炭坑の町で生まれました。高校を卒業後、工業デザイナーを目指すために金沢美術工芸大学に入学し、北陸に移り住みました。当時は、柳宗理先生や8代目学長の平野拓夫先生などが教鞭を執っておられました。一年先輩には川崎和男さんもおられました。平野先生はアートセンタースクール出身で、アメリカ流のデザインをされていた方で、柳先生は、自然の中にモチーフを求める非常に日本的なデザインをされる方でした。このように大学では様々なデザインに触れる事ができ、「ものづくりの楽しさ」を体験することができました。

 そんな中である日、銀座で見た飛騨の家具に魅せられ、自分もこのような家具をつくりたいと思い、岐阜県へ自分の作品集を持って売り込みに行きました。そこで、運良く採用して頂き、家具デザイナーとしての仕事が始まりました。その会社は、職人さんと若いデザイナーがコンビを組んで、ものづくりをしていくというスタイルで、様々な仕事を経験しました。飛騨の家具に魅せられたのは、「永く愛されるものづくりをしたい」という気持ちがあったからだと思います。

 今の会社には、会長に誘って頂いて30年程前に入社しました。ちょうどその頃から、当社は、クリングス(昔は箱足と呼んでいた)・縄手(テンプルの部分)専門の部品製造メーカーから、ノーズパッド(昔は蝶と呼んでいた)の製造に参入する時期で、私はノーズパッド製造に配属されました。当時は、成型機も中古なのでよく故障もしました。故障の度に、機械をバラして直さないといけなかったので、大変でしたね。

-- 苦労した事はどんなことですか?

製造装置

後藤氏が独学で作った製造機械。今では全ての製造機械のメンテナンスを手掛けている。

後)当時のノーズパッドは、アセテートという素材が主流でしたが、「CP」という新しい樹脂素材が出て来たので、それを採用しようという時期がありました。これを完成させる際に、お客さんのハイレベルな「こだわり」の要求に対応したい、日々、試行錯誤したことがありますね。
 「CP」は特徴のある素材で、樹脂に流れがあるんです。研磨条件が悪いと、表面の仕上がりに細かい筋がでてしまうんです。それを無くすためにバレル研磨を徹底して良くしないといけませんでした。最初は、半分ぐらいしか良品が取れませんでしたね(笑)。
 研磨チップの選定や研磨時間、部屋の温度管理などの条件決定に、とても苦労しました。

製品の一部

製品の一部。パッドといえど、様々な素材と形がある。

デザインを先読みする力。

後藤氏

-- 仕事に対するこだわりは、どんなところですか?

後)お客さんの望む品質にどう対応するか。徐々に金型の精度が上がって来て、特殊な形状などの要求も来ます。樹脂の素材も様々で、それぞれの特徴をつかみ、透明度があって、美しい形状のパッドを安定して製造することは、今でもなかなか難しいです。その条件設定が一回で出来た時は、嬉しいですね(笑)。経験が物を言う仕事です。

-- これだけは負けないものは、どんなところですか?

後)お客さんは、色んな工夫をして生き残って行こうと努力されていますから、その要求に迅速に対応していくことです。
 私もデザイナーとして仕事をしていましたから、デザイナーの要求を先読みして、様々なデザインに対応できるよう、常に準備しています。長い間研究してきた技術に対して、お客さんから要望があって、すぐに対応することが出来た時が、「やったぞ!!」と思う瞬間ですね。

製品の一部

製品の一部。写真左側は樹脂製のクリングス。写真右側は、成形後のノーズパッド

-- お客さんの要望というのは、例えばどんなものがありますか?

後)うちの商品は、主にパッドとそれを保持するクリングス部分ですが、このクリングスを樹脂で出来ないかという要望や、パッドにスライド調節機能をつけてほしいという要望などがありました。非常に強度を要求される部品なので、樹脂で造るとなると大変です。成形自体も丈夫で精度良くできないといけません。
 ノーズパッドは消耗品ですが、耐久性が必要なんです。人間の肌に密着するため、汗などで劣化しやすく、新しい素材に関しては、必ず耐汗テストをして問題がないよう心掛けています。ですから、このようなテストをする時間をじっくりと取れると良いのですが、なかなか、出来ない場合もありまして、その時は辛いですね。出来るだけ樹脂メーカーの出す情報をもとにして、いかに短時間で良い品を出すかということが重要ですね。

-- では、ものづくりの喜びは、どういう所にありますか?

後藤氏

後)「ものをつくること。」そのものが楽しいですね。

-- 次世代を担う若者たちにメッセージをお願いします。

後)目先の事だけではなく、将来の事も視野に入れながらコツコツやっていってほしいです。何年後はこうなっていたいとか。

-- あなたにとってメガネとは?

後)昔から「メガネを掛けている人は日本人と思え。」という言葉があるくらい日本人とメガネは関係が深かった訳ですから、メガネづくりは、日本のものづくりと「切っても切れない関係」だと思います。だから、この産地全体でもっと盛り上げてくことが出来ればよいですね。そして、私もそれに力添え出来ればと思っています。

後藤氏のものづくりに対する姿勢や柔軟さ、また視野の広さは、実に厚みがあった。やはり、それは「デザイナー」から「職人」へという彼の豊富な人生経験がそう感じさせるのだと思う。
彼の人生は、正にものづくり漬け。そしてそれは、これからもずっと変わらないであろう。

 
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  • 後藤 泰雄 Yasuo GOTO
  • 業   種: ノーズパッド成形職人
  • 生年月日:  1949年8月4日
  • 社   名: 株式会社 ササマタ
  •        1930年創業/従業員数64人
  • ホームページ: http://www.ssmt.jp/

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