鯖江メガネファクトリー

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HOME > ゲンバシュギ > 001 増永誠(セル枠作り職人)

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鯖江の眼鏡産業の祖・増永五左衛門を祖父に持つ増永誠氏。旧制中学校を卒業後、17歳で増永眼鏡に入社。同社で2代目五左衛門に師事し、メガネ作りのイロハを学ぶ。昭和44年、同社の開発鉄鋼部を最後に独立し、(株)マコト眼鏡を創業。現在、会長職の傍ら、現役のセル枠作り職人として腕を揮っている。この道60年の熟練職人増永誠氏(以下 誠)に、メガネ作りにおける思想や熱意、眼鏡業界の変遷を語ってもらった。

「仕事に対して頑固であれ」

-- はじめに、眼鏡業界へ入ったきっかけを教えてください。
誠)ワシは、増永五左衛門の外孫になるんやね。

-- 増永五左衛門さんと言えば、この地域の眼鏡産業の祖ですよね。鯖江に眼鏡産業を広めた。
誠)そうそう。だから、家業が眼鏡やったし、何の抵抗もなく旧制中学を出てすぐに増永眼鏡に入社したんやわ。当時は独立しようなんてことは考えてなかったね。

img05.jpg-- それから独立しようと思ったきっかけは?
誠)当時の眼鏡業界は、今のようなサラリーマンという形はほとんどなくて、独立することが多かったんやわ。それと仕事をしているうちに自分でやってみたいという願望が出てきたんやね。それに家内に「男ならいっぺんやってみい」と言われたこともあって、独立を決意したんや。独立したのは39歳の時。当初は、そりゃあ苦労したわね。家内と二人でそれこそ何回も徹夜で仕事したね。

-- 60年もメガネのお仕事をされていると色々な変化があったと思いますが。
誠)ワシが勤め始めた時は全部ヤスリでギコギコ削ったわね。それから機械が出てきたんやけど、例えば、旋盤を使うにしても、旋盤自体に部品を固定する道具作りからやらんとあかんかった。その後、ネジを研磨する機械をメガネの磨きに応用した機械も出てきたりして、機械や道具がどんどん進化してきたんやね。機械が増えてくると同時に分業化が始まって、それぞれの工程の専門家が出てきたんやけど、産地で働くみんなが切磋琢磨努力した結果、鯖江の技術が上がって来たんや。そうやってみんなが協力してこの産地が発展してきたんやね。今は効率を考えて、ほとんど機械で作るようになったけどね。でも、ワシらは、機械では出来ない細かい部分の加工や修正が必要な部分を手で削ってるんや。

-- 手作業でどのようなことを意識して削られていますか?
tool02.jpg6種類の工具(ヤスリ)を使い分けて削る。誠)枠作りには、6種類の工具を使い分けて、「丸い部分」と「角張り部分」のメリハリをつけてる。「ふんわりとした丸み」や「ぴんとした角張り」といった感覚的な表現を使うんやけど、こんなことは機械では出来んわね。もう長年の経験から来る勘やね。だいぶ目も悪くなってきたけど、まだまだ現役でやってるわ(笑)。あと、手作業での微妙な加工は、時間に余裕がないと無意識に妥協してしまう。余裕を持って落ち着いて作ることが大切かな。

-- そういうことを若い方に教えられたりするのですか?
誠)この枠作りの中の繊細な作業は、機械では出来んで(出来ないから)、教えるわね。経験に頼るところが大きいから、人に伝えるのは難しいけどね。若い子は、常に手を動かすようにしてたくさん経験して自分の手や目の感覚を養うことや。セル枠の製作の中で一番難しいのが磨きやね。2,3年で出来るものではなくて、ワシも自分で本当に納得するものが出来るようになるまで20年ぐらいかかったね。しかし、最近は、手作業で良いものを作れる職人が減ってきたよ。

-- ところで昨今、メガネがブームとなり、中でもセル枠をお洒落に掛ける若者が増えています。誠さんが思われるセル枠の魅力とは?
誠)今の世の中は何でもデジタル化していく風潮があるけど、人間って基本的にアナログやと思うんやね。メガネは、一日何時間も顔に装着するモノであって、長時間かけていても苦にならないことが大前提やからね。それに、セル枠は、天然素材系の材料(セルロース)から作られているから、職人は生き物を扱ってるようなもんやね。あとセル枠は、人の手で一つ一つ丁寧に作り上げる暖かさが持ち味かな。そういう意味ではセル枠は、アナログ商品なんやね。

-- 中国産眼鏡の台頭により、鯖江の眼鏡産業は厳しい状況にあるようですが、今後、マコト眼鏡がやっていきたい事は?
glass02.jpg『歩』(AYUMI)ブランド誠)差別化していき、独自性のある物を作っていきたいな。 そのためには、自社ブランドの『歩』(AYUMI)を中心に、OEMを含めて、より価値のあるものづくりを心掛けていきたいね。

-- 次世代へのメッセージをお願いします。
誠)仕事に対して頑固であれ。自分が納得のいく「ものづくり」をすれば、問屋に何を言われても揺るがないし、ぐらつかない。確固たるポリシーを持ち、自信をもつことや。 工場では、1千枚2千枚と作るけど、お客さんが買うのは、たったの1枚。常に買うお客さんの身になって作らんといかん。傷や汚れがある製品は、当然ながらお客さんは買いたくないよね。これは五左衛門さんから受け継がれてきた「増永イズム」。長年、良いものづくりにこだわることで信頼を築き上げてきた増永の伝統を壊さないようにしないとね。

-- 最後に、あなたにとってメガネとは?
誠)生き甲斐やね。学校(旧制中学校)を出てからずっと触ってるもんやから、メガネを触っていると安心するんや。メガネが好きなんやわ。

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受け継がれる伝統「増永イズム」

今回は、これからの産地を担う若い職人「川浪智史氏」(27歳)にもお話を伺った。 川浪さん(以下 川)は、福岡県出身。金沢美術工芸大学在学中に、雑誌で『歩』(AYUMI)の事を知り、『歩』を作る職人になりたいと入社を志望した。

-- 縁もゆかりも無い鯖江に単身で来られ職人を目指すというのは、相当勇気のいることだと思いますが。
川)そうですね、最初は不安でしたが、会長や社長をはじめ社員の方々が僕を温かく迎えてくれ、いつも僕の事を気にかけて親切に教えてくださっているので、今は落ち着いて仕事が出来ています。本当に良い環境にいると思います。

-- 川浪さんにとって会長(増永誠氏)はどういう存在ですか?
future01.jpg増永五左衛門が目指した品質にこだわったメガネ作り精神「増永イズム」が、今もなお鯖江産地に脈々と継承され、生き続けている。(写真左が川浪氏)(川)やはり会長は大きい存在ですね。常に製造全体を把握していて、それぞれの工程の段取りや繋がりを見ています。長年の経験を積んで工程の全てを理解されているから信頼出来るんです。僕たちは、会長が傍で見守ってくれているから仕事に集中出来るんですよ。

-- では、会長から見た川浪さんはどうですか?
誠)まだまだこれからやね(笑)。でも、やる気があるから上達が早い。これから苦労も多いやろうけど、将来を背負ってもらいたいね。
川)僕も、皆さんの期待に応えていきたいです。メガネ枠作りに育まれてきた伝統をこれからもしっかりと受け継いでいきたいと思います。

鯖江に眼鏡産業が持ち込まれてから102年が経つ。その歴史の大半を見てきた増永誠氏が持つ感覚や世界観は、私達日本に住む若者にとって学ぶ事が多い。そして、さらにそれを技で受け継いでいく川浪氏のような若い職人も、また鯖江産地にとって無くてはならない貴重な存在である。 <了>

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増永 誠 Makoto Masunaga
マコト眼鏡会長 /セル枠作り・工場管理
生年月日: 1930年11月18日

社名:株式会社 マコト眼鏡
1970年創業/従業員数15人
ホームページ: http://ayumi-brand.co.jp/